七 の 座 敷



(二)



 その女はおしのと言った。
 ちょいと外れの村の女で、金が必要なのは好いた男を追って江戸に行きたいからだと言った。
 おしのは生娘などではなく、その好いた男にみっちりと男の肌を教えられていた。
 ちとせの目は狂っていたのだ。
 しかも裸にしてみると、豊な乳房としっかりとはりのある腰の持ち主だった。これだけの体であれば男を
満足させることができるだろうと、ちとせは三晩だけの約束でおしのを雇うことにした。
 もし三晩をすぎておしのが使えるようであれば、ちとせ屋で使ってやってもいいと約束した。
 おしのはあまり表情が豊ではなかったが、それでもちとせの言葉にほっとした様であった。
 早速、その晩からおしのは客をとることになった。
 ただ二階にはあいた座敷がなかったので、一階の風呂場のとなりの納戸に畳を入れて使うことにした。
 「―――ごめんよ、おしの。こんな急ごしらえだけど、風呂はあいているときにいつでも使っていいから」
 「ありがとうございます」
 「もしこの風呂があいてないときは、奥にも風呂があるからね。うちは風呂は好きなときに入れるのが
自慢なのさ」
 「はい」
ちとせの言葉にわずかながら微笑をみせると、おしのは小さな風呂敷包みを持って納戸に、いや、自分
の座敷に入った。
 「そうだ、おしの」
 「はい」
廊下からちとせが声をかけた。
 「今晩が初めてなんだから、変な客は入れないようにするからね。まずは客を怒らせないで客の言う
とおりにしておくれ」
 「―――はい」
 ちとせ屋は何と言っても町一番の妓楼である。藩の上役も好んで訪れるが、そこは客商売。こうや
って初めての女郎が来たときにはいつでも緊張するものなのだ。
 ちとせはおしのの表情に釈然としないまでも、女として十分な体を持つおしのの客を考えていた。

 今晩は上州屋さんは来るかしら。それともお医師の玉庵さん。いや、最近は勘定奉行の太田様も
来ていないようだわねぇ。



 無意識のうちにも、あまり面倒ではない客を考えていた。



 その夜、おしのの客は藩の馬廻役(うままわりやく)の斉藤なにがしであった。
 この客は文句も言わず、あいている女郎がいなければちとせとのんびり酒を飲んで帰るという、なん
とも都合の良い客であった。
 斉藤がちとせ屋の玄関に現れたときに、ちとせはこれ幸いとおしのを売り込んだ。
 「今日が初めてのおしのという女がおります。いえ、生娘ではないんですけど、客をとるのは初めてで
す」
 ちとせは斉藤の大刀を受け取ると、何気なくおしのの座敷に足を運んだ。
 「ほう。初めての女か……。よろしい、今晩はその女にしよう」
 「おありがとうございます。では、ごゆるりと」
斉藤は少し建付けの悪い座敷の戸を優しく叩いた。
 戸は静かに開き、斉藤は座敷に吸い込まれた。
 その夜、おしのの座敷からは何の物音もしなかった。
 ちとせは気になって何度も座敷の前を行ったり来たりしたが、コトという音も聞こえなければ、話し声
も聞こえなかった。
 次の日の朝、ちとせは斉藤が座敷から出てくる時間を見計らって、玄関そばのあがりかまちに座って
いた。
 さすがに斉藤は寝不足の目をしていたが、それよりも力の入らない腰つきでよろよろと歩いてきた。
 「―――ちょいと、斉藤様。おはようございます」
 「おお、おかみか」
斉藤はぼんやりと玄関に向かっていたが、その顔色は最悪だった。
 「その……おしのは……」
 「おお、おしのか。すまぬ、おかみ。今晩も来るつもりなので、六つ(午後六時)にはあけておいてくれ」
 「か、かしこまりました……」
ふらふらと歩き去る斉藤の後ろ姿を見ながら、ちとせは深々と頭を下げた。


 一体どうなっちまったんだろうねぇ。斉藤の旦那……。


 何か釈然としないままちとせは自分の座敷に入った。







戻  る     次 へ





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送