七 の 座 敷



 いらっしゃいまし。
 ちとせ屋の主(あるじ)、ちとせでございます。
 七の座敷は『しの』の座敷にございます。
 ごゆるりとお楽しみ下さいませ。



(一)



 「―――それがね、おかみさん。その女が水神様の境内で倒れていて、ぼんのくぼあたりからすうっと
白い煙が入り込んだんだって話ですよ」
 「ふうん」
 ちとせは出入りの棒ふりの八百屋の辰三の話を聞くともなしに聞いていた。
 「でその女。髪も着物もぐっしょり濡れていて、まるで水につかったようだとさ」
 「へぇ」
 「で、ここからがすごいのさ」
 「なんだい」
 辰三は台所の土間に野菜を入れたかごを置くと、女中から湯飲みに入った冷たい麦湯を受け取っ
た。そしてそのまま一気に飲み干すと話を続けた。
 「その女、ふいに立ち上がるとこう言ったんだとよ。『我は水神じゃ。皆の者、下がりおろう』ってさ」
 「なんだいそりゃ」
ちとせも女中のおかつも半分笑いながら辰三の話を聞いてやっていた。
 「いやさおかみさん。ありゃたぶん水神様がその女に降りてきたんだよ。いや、そうに違えねえ」
 「だけど辰三さん、その女はそれからどうしたのさ」
おかつは辰三に麦湯のお代わりを渡しながら合いの手を入れた。
 「そうそう、それがよおかつちゃん。その女はよ、水のしたたる着物のままで水神様の社務所の裏に
走って行っちまったのさ」
 「え……」
 「でよ、その走り去る足元の着物がはだけて、こう……なんてったらいいのか……その。青と緑の間
くらいのぴかぴかひかる『うろこ』みたいなもんが見えたって話だよ」
 「『うろこ』が見えたって、あんた。するってえと何かい。その女は水神様の化身とでも」
 「ああ、そうに違えねぇ」
 「まったく付き合ってられないよ」
ちとせは軽く笑うと、おかつと辰三を残したまま座敷に入った。



 「―――で、あんたかい。ここで働きたいっていうのは」
 「はい……」
先ほど表まわりの女中から、女郎になりたいという女がいるというので待たせていたのだった。
 その女、年の頃は十七、八。肌は浅黒く、どちらかというと田舎臭い。指先なども水仕事で荒れ
ていた。ただ瞳はきらきらと美しく、見かけたことがないほどくっきりとした美しい二重まぶたの女だった。
 磨けば光るのかもしれなかったが、少し上を向いた鼻が瞳の美しさを半減させていた。
 それに生娘だということが見て取れた。もっと若ければ育ててやってもよかったが、この年で生娘は使
い方が難しい。
 「―――何で女郎になりたいのさ、あんたは」
 「あたし……、お金が欲しいんです」
 「何にするのさ」
 「………」
女は何も言わず下を向いた。
 「どうせ入れあげた男にでも貢ぐんだろ」
 「………」
ちとせの言葉が図星だったのか、女はうつむいたきり何も言わない。
 「うちがどんな宿かは知っているんだろ、あんた」
 「―――はい」
 「で、自分の身を削って稼いだお金を男にやるのかい」
 「………」
 「ま、いいさ、あたしにゃ関係ない話だ。それにあたしゃあんたを雇うつもりはないよ」
 「お、おかみさんっ」
 「あんなみたいな田舎臭い女は、このちとせ屋には不向きなんだよ。あきらめてお帰り」
 「あ、あの……」
 「いいからお帰りよ。下働きも間に合っているからね」
冷たいちとせの言葉に女は小さく震えたが、それでも動こうとはしなかった。
 「お、おかみさん……」
 「なんだい。あたしゃ夜の用意をしなくちゃいけないんだ。早いとこすましておくれ」
 「あ、あたし……」
 「だから何なのさ」


 「生娘なんかじゃありませんっ」







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