七 の 座 敷
(三)
日も高くなった四つ(午前十時)には、おしのが自分の座敷から出てきた。
おしのが湯を使った頃合を見て、ちとせはおしのを自分の座敷に呼んだ。
「―――で……」
「はい」
「斉藤の旦那はどうだったのさ」
「はい。なんとかうまくできたと思います」
「今晩も斉藤の旦那が来たいと言っていなさったよ。六つの頃だけど」
「はい、お願いいたします」
おしのは畳に手を付くと、ちとせに向かって頭を下げた。
「ちょいとおよしよ、そんなこと。斉藤の旦那はあんたに小遣いを置いていったかい」
「はい」
「いくらくらい」
「五両です」
「ご、五両っ」
この時代、五両もあれば一般家庭はつつましく生活すれば、半年は暮らせた。
しかも人気の女郎でもないおしのに五両とは。斉藤の旦那もずいぶんときっぷがいいもんだ、と、口
の中で小さくつぶやいたちとせはおしのの顔を見た。
「あんた、昼間は客を取れるかい」
「はい」
「昼を過ぎた頃に医者の玉庵さんがいらっしゃる。あんた、できるかい」
「はい」
おしのの小さな声に不安を感じつつも、よろよろと歩き去る斉藤の後ろ姿を思い出した。
「玉庵さんが見えられるのは八つ(午後二時)頃だと思うから、少し休んだらいい」
「はい」
「おかつに言って、膳を運ばせよう」
「はい」
なんとも、口数の少ない女だ。こっちの方が気を遣っちまう……。
自分の座敷に帰るおしのの後ろ姿を見て、ちとせは首をかしげた。
「―――いらっしゃいまし、玉庵先生」
ちとせは床に手を付くと、ゆるりと頭を下げた。
「おう、おかみ。今日も一段と美しいのう」
「おありがとうございます。ところで玉庵先生」
「うむ。ほれ、みやげじゃ」
「まあ、いつもすみません。―――おかつ、これを奥に」
ちとせはおかつを呼び、玉庵から受け取った包みを渡した。
「昨日から新しい女が入りまして。先生に一度……」
「そうかえ。ではその女にしようか」
「はい」
玉庵は肩までの髪をきれいに整え、いかにも医師風情のこざっぱりとした、それでいて高価な着物を
身に付けていた。
藩侯お抱えの医師の一人であったが、しっかりと稼ぎしっかりと使う、ちとせ屋にとっては大切な客
の一人であった。
「その女、名前はなんという」
「おしのにございます」
「で、美人か」
「―――十人並みかと……」
ちとせはちょいと口ごもったが、
「体はなかなかのものです」
すぐに言葉を続けた。
「で、特技は」
玉庵の問いにちとせはつまった。
おしのがどの様に男を楽しませているのかを知らなかったのだ。
ただ、朝帰って行った斉藤の後ろ姿から想像するだけだ。
「―――おしのに聞いてみてくださいまし」
ちとせはにこりと微笑むと、玉庵をおしのの座敷に案内させた。
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