三 の 座 敷



(五)



 「―――又吉、死んでもらおう」
 「た、太一様……」
 「みつはわしのものじゃ。お主の汚れた腕で二度と抱かさん」
 「そ、それは……」
 「父上の差し金だということは判っておる。しかし、わしの理性が許さんのだ。わしの精神
が、お主を許さんのだっ」
言ったとたん、太一は逃げようとする又吉を袈裟懸けに切った。
 又吉はううむ、と小さな声を残すとそのままばたりとうつ伏せに倒れこんだ。
 息が無いのはすぐに見て取れた。
 太一は懐紙で刀の血を拭き取ると、静かに鞘に収め自分の屋敷に向かった。
 屋敷では父が待っているだろう。
 話すことはたくさんある。
 理解してもらおうなどとは思っていない。ただ真実を告げるだけだ。
 又吉を切ったこと。
 自分の気持ち。
 そして、みつのこと。

 夕焼けがやけに赤く、又吉の血を思い起こさせるのは気のせいだろうか。



 太一は街の道場でも有名な剣の使い手。師範までにもなった男だ。
 その腕はちとせの耳にも入っていた。
 だから太一から、自分をちとせ屋の用心棒に雇ってくれ、と言われたことには驚かなかっ
た。しかし、その理由は聞かねばならない。
 「―――して……」
相変わらずきせるをくわえ、長火鉢にだるそうにひじをかけていたちとせは、目の前の侍に
問いかけた。
 「して、なぜに用心棒などに」
太一は答えなかった。
 「確かに用心棒の一人や二人は欲しいと思っておりましたよ。けど、旦那。あなた様ほど
のご身分の方が用心棒なんぞに身をやつすなど、あたくしにゃ信じられません」
 「信じてもらえなくても結構。わしは柏原の家を捨てて、このちとせ屋に世話になりたい
のだ」
 「旦那。あなた様は結構な剣の使い手とも聞いております。城内でも剣術指南役のお声
がかかりそうだとか…。それなのに、そのお仕事を棒に振ってまでもなぜこちらに」
 「わしは又吉を切った」
 「はぁ……」
太一の言葉にちとせは驚かなかった。
 又吉のことは瓦版で読んでいた。切った犯人のことは載っていなかったが、同じ武家同
士のいざこざが原因だとか。
 しかも座敷に入って来た太一の着物の袖には、血の飛び散った跡がはっきりと見て取れ
た。
 ここで又吉と太一を結び付けないあほうがどこにいよう。
 ちとせはふうっと煙を吐き出すと、太一の顔を見た。しかと見た。
 「旦那。あたしゃ人殺しを雇う気は、さらさらございません。ですが、きちんとした理由が
あるならば考えてもよござんす」
 「理由、とな」
 「はい……」
しばしの沈黙の後、太一はぼそりと言った。
 「―――わしはみつがいなければ、生きている意味がない」
 「みつ……」
 「そうじゃ。わしはみつと一心同体。みつもそう思っていてくれているはずじゃ」
 「太一様。みつの素性はご存知で」
 「もちろんじゃ。父から聞いた」
 「ではみつが柏原様の妾腹、太一様の血を分けた妹だということをご存知で」
 「御意」
ちとせは背筋に汗がたれた。
 太一はみつを実の妹と知って愛してしまったのだ。決して踏み越えてはならぬ境界線を
踏み越えてしまったのだ。
 「父はわしを勘当した。もう二度とあの屋敷にも戻らぬ。又吉を切ったことをもみ消したの
ことが最後の優しさだとも言った」
 「………」
 「みつにこのことを言うつもりはない。このままちとせ屋で働かせてやってほしい。ただ、
客を取らぬ時にはわしに抱かせてくれ」
 「太一様……」
 太一の目はぎらぎらと輝き、正気を失いつつあるようでもあった。が、その目の奥には、
どうしてもゆずれぬものもあった。
 ちとせはため息をつくと、太一の視線に自分の視線をからめた。
 だが太一の視線はそれなかった。
 意思は固いと見える。

 「―――うちは厳しいですよ」
 「うん……」
ちとせの言葉に太一は聞き返した。
 「それにみつはまだまだ客の取れる女郎です。そうそうは旦那に抱かせる訳にもまいり
ません」
 「ということは」
 「よござんす。旦那はうちで雇いましょう。給金は後ほど考えるとして……」
 「かたじけない」
 「まずは体に染み付いた血の匂いを落として来て下さいまし。みつも今日は客の予定は
ございません」
 「………」
 「ゆっくりと湯でも使って下さいまし。明日から働いてもらいましょう」
ちとせはだるそうに立ち上がると、
 「ちょいと、誰か。誰かいないのかい」
座敷の外に声をかけると、そのまま出て行った。が、すぐに戻ってくると、座敷の中に首だ
け入れて
 「旦那。くれぐれも言っておきますがね、みつはうちの商品です。旦那だけのものじゃご
ざいません。それだけは承知して下さいましよ」
 「判った」
 そう言い残すと、ちとせはああ忙しい忙しい、と呟きながら宿の奥に行ってしまった。







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