三 の 座 敷



(三)



 又吉は自分の幸運を祝いたい気分だった。
 柏原の言いつけではあったが、目の前のみつはかなりの美形であった。
 確かにまだ子供の様な表情ではあったが、時折見せる色気の漂う微笑みは、又吉の
脳髄に強く記憶された。
 して柏原は、なぜこんな小娘の素性を知りたかったのか。
 考えても考えても答えは出なかった。
 みつとたわいのない話をし、みつの小さな口からもれる細い声を聞いているうちに、かな
りの酒を飲んでしまった。
 又吉は酒の強い方であったので、酒に酔う前にみつの声に酔っていた。
 少し垂れた大きな瞳は、なぜか少し潤んでいた。それもみつの魅力の一つであった。
 しかしわずかに酔った又吉は、少し大胆に言葉を発した。
 「みつ、お前の国はどこだ」
 「みつはこの街の生まれです」
 「親はどうした」
 「父はおりませぬ。母は七つの時に死にました」
 「病気か」
 「はい」
 「いつから客をとっているのだ」
 「ついこの間です。顔見世が終わったばかりですから」
 「―――して…、客は……」
 「はい」
又吉は酒のせいだけではなく、少々どもりつつ言葉を続けた。
 「その…、今までに客はどれほどとった」
 「はぁ……、たぶん五人ほどだと」
 「少ないな」
 「みつはまだ子供ですから」
くすくすと笑うと、みつは又吉の手からぐいのみを取り上げ、火鉢のふちに置いた。
 「お侍様、みつのことが気になりますか」
 「ん」
みつは又吉のひざに手を置くと、やんわりと体を預けた。
 「みつも大好きなお侍様がおります。でもそのお方はいつかみつの前からいなくなって
しまいます」
 「どうしてじゃ」
 「ご結婚されるそうです」
 「………」
 「とてもお金持ちのお家にお婿さんに入るそうです」
 「みつはそれでいいのか」
 「みつにはどうしようもございません。ただ遠くから見ているだけでございます。そして
そのお方の気が向けばこちらに来ていただけるかと。みつはそれを待つだけでございま
す」
又吉はごくりとつばを飲み込んだ。
 みつの細い首筋から甘い香りが漂ってきた。
 しかし又吉はかろうじて自分の任務を思い出し、火鉢のぐいのみに手をのばした。
 「―――みつ、おまえの父はどうしたのだ」
又吉の急な質問に、みつは顔を上げると不思議そうな声で答えた。
 「判りませぬ。ただ、母の話によると……」
 「母の話によると」
 「死ぬ間際の言葉ですから全て信じることはできませぬが、母は以前、大きなお屋敷
で奉公していたそうです」
 「ふむ」
 「でもそこのご主人様のお手つきになり、みつを身ごもったそうです」
みつの語り口は淡々としていた。まるで他人の話をしているかの様だった。
 「母は身重の体で、ご主人様の知り合いに嫁ぎました。ですが、嫁ぎ先のご主人は元々
体が弱く、みつが生まれる前に亡くなったそうです。ですから、みつは本当の父も、母の
旦那様も知りませぬ」
 「して、それから」
 「母は一人でみつを生んで育ててくれましたが、流行り病で死んでしまいました。その後
はあちこちを転々と渡り歩き、こちらのおかみに拾われました」
 「辛かったであろうな…」
 「辛い…。なぜでございますか」
 「親が生きておれば、この様なところで身を売らなくてもすんだではないか」
又吉の言葉に、みつはまたもくすくすと笑った。
 「何がおかしいのだ」
 「お侍様。みつは何一つ辛いなどと思ったことはございませんよ。おかみさんは優しいし、
道理の適わぬことはしなくても良いのですから」
 「しかし……」
 「何かをしなくちゃ食べていかれないのです。でもみつはこれしかできることが無いので
すから」
みつはそう言うと、静かに立ち上がり次の間の障子を開いた。
 「お侍様。みつは子供ですけど、お侍様を楽しませることはできると思います。それに
みつも楽しんでおりますから……」
 次の間は、柔らかな床がのべてあった。
 枕元には小さな火を灯した行灯があり、どこからともなく甘い香りがしていた。
 「一人で寝るのは嫌いです。―――お侍様、みつと一緒に寝て下さいまし」
そう言うと、みつはさらりと帯を解き、白い肌を惜しげもなくさらした。
 「みつは子供ですけど、ちゃんと大人の楽しみも知っております」
又吉はふらふらと立ち上がりみつの前に立った。
 「お侍様も、きっと好きですよね」
柔らかな明かりの中、又吉はみつの体を抱きしめ床に横たわらせた。
 「みつは一人ぼっちが嫌いです」


 みつは細い腕を又吉の首に巻きつけた。








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