三 の 座 敷



(二)



 「―――ふぅ……」
みつは少々つまらなかった。
 昼間の客はみつに可愛らしい貝に入った紅を買ってきてくれたが、ただ黙って客の
話しを聞いただけで五両もらった。
 体を重ねることなくもらった金は思い入れも無く、おかみのちとせに手渡した。
 みつだって楽をして金を稼げるのは嬉しかった。しかし好きでもない客の話しを聞いたり、
好みでもない客のモノを体に取り込むのは面白くなかった。

 みつはかなりの面食いであった。

 みつの恋する太一は街でも有名な色男。しかも裕福な大名の次男。あちこちから婿の
話が舞い込んでいるのも知っていた。
 少し浅黒い肌。
 きつさの感じる釣り上がった太い眉。
 冷たそうな薄い唇。
 細身ではあったが、上背のあるたくましい肩。
 それでもみつは太一が自分と一緒に、ずっと一緒にいてくれるであろうと信じて疑わな
かった。
 「――-兄さま……」
みつはちくちくとうずく小さな胸をぐっと押さえると、夜の客のために湯殿に向かった。



 「―――少々調べて欲しいことがある」
 「ははっ」
 「ちとせ屋のみつという娘。どこの素性の者か知りたい」
 「みつ……」
 「まだ十六だそうだ。ただの小娘じゃ」
 「何ゆえにそのような」
 「お主には関わりのないこと。詮索も他言も無用じゃ」
 「―――かしこまりました」
 又吉は大名の柏原の言葉に納得できないものを感じたが、所詮しがない宮仕え。
上役の言い分には逆らえない。
 「もしかすると必要になるかもしれん。これを持て」
柏原が差し出したふくさはずしりと重かった。
 「これは」
 「必要経費だと思え」
 「かたじけのうございます」
又吉は柏原の屋敷を出ると、その足でちとせ屋に向かった。
 ちとせ屋は港に程近い遊廓にあった。
 たくさんの女郎屋が立ち並ぶ中、ちとせ屋はちんまりと上品な門構えで又吉を迎え
入れた。
 入り口の前には打ち水がしてあり、ほこりが舞わぬようにしてあった。
 生垣もきちんと手入れがされており、かなり長身の又吉の目にも中の様子は伺えな
かった。
 「―――頼もうっ」
又吉が声をかけると、足音もさせず一人の女がやってきた。
 かなりの美形であっが、ずいぶんと年増だった。もしかすると、以前はかなりの売れっ
子の女郎の一人だったのかもしれない。
 「いらっしゃいまし、旦那様。お泊りでございますか。それとも……」
 「今晩はゆっくりしたい。湯をつかって、酒を飲みたい。一人つけてくれ。みつという娘が
いいが、本日はあいておるか」
 「かしこまりました。旦那様、本日はいかほどの……」
 「持ち合わせは五両しかござらん」
 「はい。では座敷にご案内しますゆえ、お腰の物をお預かりいたします」
女はたもとに手を入れ、又吉の差し出す二本の刀をうやうやしく受け取った。
 ちとせ屋を利用する者に、刃傷沙汰はご法度だった。
 必ず刀は宿に預け、匕首(あいくち)なども取り上げられた。
 又吉も話には聞いていたが、ちとせ屋に来るのは初めてだった。内心びくびくしていた
し、脇の下を汗が流れてもいた。
 武士が刀を取り上げられるのはかなりの屈辱ではあったが、それを差し引いてもあま
りある対応をしてもらえるらしい、と風の噂で聞いていた。
 又吉はこれから何が起こるのかという期待と、わずかばかりの恐怖を胃の腑に収め、
女の後について行った。
 女郎の割り振りはこの女の頭の中に入っているのか、少しも迷うことなひとつの座敷に
通された。
 二間続きの座敷であった。
 四畳半ほどの座敷には火鉢が置いてあり、鉄瓶からはあたたかな湯気が上がってい
た。燗を付けるためであろうか、ふたは取り去られていた。
 「こちらでお待ち下さいませ。この座敷がみつの座敷でございます。まだ歳若いゆえ
粗相もございますでしょうが、何卒お許し下さいませ」
 「みつはいつくだ」
 「十六になりました」
 「ずいぶん若いな」
 「年増がお好みで」
 「いや若い女でよい」
 「ごゆるりとおくつろぎ下さいませ」
又吉は小さくうなずくと、火鉢の前にどかりと腰を下ろした。
 女は辺りをぐるりと見渡したが、静かに障子を閉めると相変わらず音を立てずに去って
行った。
 ほどなく、障子の向こうから小さな声が聞こえた。
 「もし……」
 「何だ」
 「みつでございます。お酒を持って参りました」
 「待っていた。入れ」
 「はい」
又吉は内心の興奮を見透かされぬよう、少し低めの声で言った。







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