一 の 座 敷



(三)



 長治は三日に一度はちとせ屋にやってきた。
 その度に小判をばらまいた。
 しずには新しい着物を作ってやった。
 ちとせはそろそろ頃合だと思っていた。


 「―――ちょいと天満屋の旦那」
 「どうしたい、おかみ」
 しずの座敷に入ろうとした長治にちとせは声をかけた。
 長治の手には、しずのためであろう小さなふろしき包みがあった。新しい帯か何か
だろう。
 「お話がございます。ちょいとあたしの座敷まで来て下さいな」
 「はて……」
長治は不審な顔色を隠しもせず、ちとせの後に続き座敷に入った。
 ちとせは長火鉢にひじをかけると、きせるに火をつけ深く吸い込んだ。
 「旦那、話って言うのは他でもございません。しずのことですが……」
 「しずがどうかしたかい」
 「いえね、最近は他の客をとるのを嫌がるんですよ。天満屋の旦那じゃなけりゃ嫌
だってね」
 「ほう」
 「それじゃこっちも商売あがったりでね。―――どうです、旦那。そろそろしずを身請
けしませんかね」
 「身請け」
 「はい。しずも旦那にぞっこん惚れております。見たところ、旦那もしずに惚れてらっ
しゃる。ここは思い切って、しずを囲ってやって下さいませんかね」
 「そ、そりゃ……」
長治はごくりとつばを飲み込んだ。
 いつかはしずを自分だけのものに…、と思っていたところにおかみの方から話しを
持ちかけられた。
 しかし長治もしわい商人である。この遊廓の身請け代金は半端な金額ではないと
理解していた。
 「―――して、いかほどに」
 「いやですよ、旦那。あたしに言えとおっしゃるんですか。―――ねぇ、旦那。しず
はうちでも売れっ子の女郎です。それを旦那にお売りしようってんだから、相場は…、
ねぇ…」
ちとせはにやりと笑うと、ひらりとてのひらを見せた。
 「ご、五十両…か……」
長治の言葉にちとせは、くっくっと小さく笑った。
 「何がおかしいんじゃ」
 「旦那、笑わせちゃいけませんよ。天満屋の旦那ともあろうお方が、たかだか五十両
ですまそうなんざ、おてんとさんも笑ってらっしゃる」
 「ということは……」
 「五百両。ビタ一文負けません」
ちとせははっきりと言った。
 しかし長治はその言葉にまばたきを忘れた。
 五百両。
 吉原の花魁ですら四百両を切るのに、しずに五百両。
 長治はだまりこんでしまった。
 「―――旦那、よく考えて下さいまし。初の顔見世の頃からもう四年。旦那はしずに
いかほど使われたのでしょう。ですが、これからの数十年を五百両で買われたと思え
ばお安くありませんかね」
 ちとせの言葉に長治の肩がびくりと動いた。

 これからの数十年。すくなくともあと二十年。

 しずを自由に抱ける。

 しずと一緒に暮らせる。

 しずを好きなだけ鳴かせることができる……。

 「ねぇ旦那……。しずは旦那がいなけりゃ生きていけませんよ。旦那もしずがいな
けりゃだめでしょう。でもうちにおいておけば、嫌でも他の旦那に抱かせなくちゃいけ
ない。しずも抱かれなきゃいけない。―――うちはそういう宿ですから……」
 最後のちとせの言葉に、長治は心を決めた。
 「よし、おかみ、決めたよ。わしはしずを請ける。一月後の大安吉日、しずをもらい
請けるよ」
 「―――旦那、本当にいい買い物をされましたよ」
ちとせはにっこり笑うと、きせるを置きぱんぱんと手をたたき声をかけた。



 「ちょいと誰か。しずの座敷にお銚子をつけとくれ」







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