七 の 座 敷



(七)



 「―――いや、おしの。湯加減はどうだい」
 「ちょうどいいですよ」
 「そうかい」
 「何か様ですかぃ」
 「いや……」
 冷たい汗がこめかみと胸の谷間を流れていた。
 ちとせの体は固くこわばり、おしののしわがれた声がやけに近く感じられた。
 「―――おかみさん、あたし、女郎としての才能はどうでしょうかねぇ」
 「………」
 「何をだまっているんです。そこであたしの体を見たことは知っているんですよ」
おしのの声は低くくぐもっており、ちとせの足は小さく震えていた。
 「おかみさん、後でおかみさんの座敷に行きますから待っていて下さいな」
 「―――判ったよ」
ちとせはほっと小さく息を吐くと、逃げる様にその場を離れた。


 見られた。
 見られた。
 あたしが風呂場を覗いていることに気が付いた。
 おしのは一体、どんな女なのだろう。


 ちとせはおしのが座敷に来る前に、すでに銚子を一本空けていた。
 「―――おかみさん、入ります」
 「あいよ」
おしのの細い声にぴくんと反応したちとせであったが、あえて顔には出さずおしのを迎えた。
 ちとせは何も言わずにおしのにぐいのみを渡した。
 おしのも何も言わずに受け取ると、くいっと一息に飲み干した。
 「―――で……」
 「で……」
二人はしっかりと視線をからませ、そしておなじ間合いでぐいのみを置いた。
 「で、おかみさん。あたしは女郎としてどうなんでしょうか」
 「ああ……」
ちとせは言葉につまったが、それでも酒の力を借りて答えることができた。
 「あんたは女郎としては上出来だよ。斉藤の旦那にも玉庵先生にもかわいがってもらえた。それに充分な
小遣いももらえただろう。やっていけると思うよ」
 「それだけですかい」
 「………」
おしのの問いかけにちとせはつまった。
 「まだ一晩残っていますが、あたしをこのちとせ屋で働かせてくれますかい」
 「………」
 「だめなんですかね」
おしのは唇の端を持ち上げるかのようににやりと笑った。
 「おしの、あたしに何か隠していることはないのかい」
 「隠していること」
 「あたし、あんたの足を見たよ」
 「風呂場でですね」
 「ああ」
おしのは緩んだ口元を引き締めるとちとせの目を見つめた。
 「―――あたし、皮膚の病があるんです」
 「病……」
 「ええ」
ちとせはほっと息を吐くと、
 「ちゃんと見せてごらん。そして説明しておくれ」
 「―――はい……」


 おしのはしっかりとうなずき、そして帯を解きはじめた。


 おしのの病は珍しいものであった。
 体温が高くなると、まるで魚のうろこの様な青緑色の斑点が現れる。
 だからおしのは着物も脱がずに男の相手をしていたのだ。
 別に人にうつるものではなく、興奮すると表面に現れる。ただそれだけのものであった。

 が、惚れた男はそうは思わなかった。

 おしのの足の斑点を見つけると恐ろしくなって逃げた。
 どこに逃げたのかは判らない。
 ただ江戸で似た様な男を見たと人伝えに聞いた。



 「ねぇ、おしの。明晩は斉藤の旦那を風呂場でもてなしてやっておくれよ」
 「いいんですかい。お客に逃げられでもしたら……」
 「大丈夫だよ。あたしが保証するから」
 「ならいいんですけど……」
 全てを話し終えたおしのは、ほっとしたのか思ったよりも幼い表情でちとせ見た。
 「いいよ。やってごらんよ。そしてさ……」
 「はい」





 ちとせはおしのに何かを耳打ちすると、にやりと微笑み残った酒を飲み干した。







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